春巡りて
先の日曜、ふとみるとアオダモの花芽がほころんで、むっくりとした蕾の塊が顔を覗かせていた。
ずいぶん今年は早いな、去年の今頃はまだ蕾固しだったはず。。
アオダモの花芽って、とうてい膨らみそうにないよな、固く締まった姿で春先までじっとしているのに、膨らむときは一気で、あれっと思う間もないほどだ。
全くもって地味な木ではあるが、この様子を眺めるだけでもご馳走である。
前に植木屋さんが来た時に「アオダモあるんやね」ってうれしそうに仰ってくださって、ちょこっとこそばゆかった。
そのような、言葉で表すにはむつかしい魅力のある木なのだ。
これがこの後一気に伸びて白い羽箒のような花になるのだ。
うちのアオダモは株立ちなのだけれど、よく見ると二本立ちで、いつも手前半分が先に開花し、後ろ半分が後から開花する。(まぁ、二度楽しめる、ということにしておきたい。)
アオダモの花は毎年じゃんじゃん咲いたりはしない、というのをネットで見かけるのだけれど、そうなのかなー。
去年は三年目でしっかり根付いたのかいっぱい咲いて、でも今年も結構な蕾がついているんだけどな。
機嫌よく育ってくれてうれしいなー。
近ごろは四季が訪れるのも当たり前とは言えないよな気候だから、無事に春が巡って蕾がほころぶ、それが本当にうれしいよ。
あ、時計が鳴って、春分がやってきた。
天使のはね♪はね♪
冬の花で好きなもののひとつ、シクラメン。
ガーデンシクラメンなら、関西では外で楽しめ、地植えや寄せ植えにも使えるのもよし。
『天使のはねは原種との種間交配で生まれた品種で、花も葉っぱも小ぶりでマニアックな魅力がある。
近くのホームセンターで値引きになっているのを目ざとく見つけ、4号鉢いっぱいなのを鉢増ししてあげた。
満開かな?と葉の奥を見ると、まだ沢山蕾もある。
『天使のはね』、名花と思う。
魅力的な姿の上、花もちも花付もすこぶるよく、タフで栽培も容易。
実は去年の今頃も偶然見かけて、買ったのだ。
もう春になるからそんなにもたないかも、と思いつつ鉢増ししたら、咲きながら育って休眠しなかった。
暖地の夏(シクラメンの夏越しは厳しい)も乗り越えて、気づけば鉢いっぱいだったので、秋にも鉢増しした。
それがこちら。
週末ガーデナーごときでは難しいのだ、夏越しは。
増してや葉数を増やし、蕾をたっぷり上げるなどね。
これは品種の優秀さ以外の何ものでもない。
関西でこんな立派なシクラメンを育てる楽しさを味わえるなんて、ゴキゲンだなー。
問題は、外でしっかり育てたので開花は今から、今年こそ夏越しできるのかというところ。
しかも開花前にもう一度鉢増ししたいほど育っているし。
という訳で、今年の鉢は保険です(笑)。<去年の株の栽培記録>
・素焼き鉢植え
・4号花を3月初め5号鉢、9月終わり?6号鉢に鉢増し
・置き場所:南向きの室外機の上!
冬は日向、夏はつる薔薇で反日蔭(雨はいくらか当たる)
・水遣り:乾いたらたっぷり(休眠しなかったので)
・肥料:春秋植え替え時の元肥のみ(なので夏はほとんど切れていた?)
育ててみた感想として、旺盛なので生育を止めないことがポイントかもしれない。
草茫々
暖地では、夏から秋は庭仕事はシーズンオフ、ひたすら水遣りと害虫取りに勤しむのみである。
雑草が生えないよう、隙間なく植物を植え込んでいるのだが、だいたいこの時期になるともうコントロール不能で、庭の草花自体が茫々に生い茂って鬱蒼とする。
どうやら人が見れば(ジャングルみたいな)すごいことになっている庭らしいのであるが、個人的には決して嫌いではないのである。
別に人のための庭でもないしね。
昔の庭にも雁金草を植えていて、苦労なく育って、秋に面白い花をつけるのが気に入って、それでまた植えたのだ。
薄の穂も雁金草の花も、夕日の中で揺れる様が楽しい。
雁金草の難点は、ふと体に触れるとあまり良いとは言えない匂いがするところだ。
『パープル・フォール』というこの薄は、晩秋に紅葉するところが優秀なのであるが、実はもう一つ、とにかく出穂が早いというところがある。
だいたい、6月末には出始めて、ずっと穂が出続ける。薄なしのお月見を過ごさなくてもよいのだ。
今もう一つ、小ぶりな糸薄が穂を出し始めている。
何かの苗に紛れていつの間にか生えたものだが、2年目の今年、素晴らしい糸薄となった。
今年の仲秋には間に合わなかったが、十三夜にはいい感じになりそうだ。
暑くなる前に、秋にこうであったらいいなと植えた秋草たちもいつの間にか咲いている。
葉蔭に秋近く
当初から日陰の片隅に秋海棠がひっそりと咲くよな庭にしたかったのだ。
昔からある花、秋海棠はなかなか売られているところにお目にかかれない。地味な花で、鉢植えには難しいようなものだから需要がないのであろう。
とはいえネット万歳なご時世、地味な茶花の類も取り寄せれば良いのであるが、売られている時分には庭仕事が忙しく、つい時期を逃すのだ。気付くと売り切れを繰り返し、3年が経っていた。
何がなんでも秋海棠を手に入れるのだ、と春先から決意し、ようやっとピンクと白を入手した。
花ごときに固執するのを恥じつつも、来年も見れるという保証なぞ、どなたさまにもないのだぞ、と肝に銘じる。(そう気づいたなら、実際のところ手に入れられても入れられなくても、もう悔いはないというものだ。)
ほんとのところ、しっかり根付いて欲しかったので、花を切るつもりなどなかったのに、処分品のニゲルを庭の一番奥、つる薔薇や山椒の奥に植えようと格闘していたら、なんと大事な秋海棠を折ってしまったのである。
あぁ詰めが甘いんだからなぁ、、と落胆したが、まだ枝葉は茂っており、これはきっとお庭の神様がひと枝飾るべし、と進呈してくれたに違いない。そう思って、お気に入りの籠に収めるとぴったりの折れ具合なのであった。。
ふと目をやると、お部屋でゆったりと葉を拡げて咲く秋海棠に、だんだんと日が短くなっていく初秋の訪れを思うのである。
室外機の前は植物には過酷な環境で、去年うさぎの置物を置いた。
樹脂製であるが悔しいことにそこそこ可愛い。
台座は昔観葉が植わっていた背高の鉢、使い途が見つかって一安心。
ヘデラ『雪の華』を植え込んで、こっそり球根も埋蔵。
ゼフィランサス・シトリナであるが、するするっと蕾が伸びてだいたい一斉に咲く。
2年目も仕掛けがうまくいって妙な達成感を味わうのであった。
夏の花を入れる日々
近くのホームセンターで春にいろいろの新苗が売られていた。
中にロサ・キネンシス・ビリディフローラ(グリーンローズ)もあって、
このあたりの人でこのようなものを買う人っているのかなぁ、と思った。
うちに、一重の小さな赤い花の咲く、『アイ・オープナー』という薔薇があり、何かを合わせたいなと思ったとき、この薔薇が浮かんだ。
案の定、そのホームセンターでは売れ残っていて難なく手に入れることができたのである。
それから苗の成長を見込んで、蕾がついては敵蕾をしていたのだが、この薔薇は、とにかく次々と蕾を上げるので、うかうかするとそれも追いつかない。
結局途中で根負けして、そろそろ樹も育ってきたのをいいことに花を咲かせた。
何しろ額がそのまま花になったようなものなので、地味な花なのであるが・・・
花の少ない夏にはありがたい上、切っていけると素晴らしく生きる。
この籠は古道具市で見かけたもので、もっと見栄えのする籠などあるだろうが、
私の中では、勝手がよく、また花が生きる素晴らしい籠なのである。
ロサ・キネンシス・ビリディフローラの良さがしみじみと思われる。
槿『祇園守』もようやく切ってもいいかな、というような枝ができたので鋏を入れる。
ロサ・キネンシス・ビリディフローラはたいそう花持ちがよいけれど、
槿はさっさと花もしぼむ、だけどまぁ、花を手向けるというのはこのようなことだ。
センノウの類は、庭でも割に越年するのだが、草茫々の庭であるので、
途中新芽を虫にかじられたりして、花が咲くのがすっかり遅くなったりする。
開きかけの桔梗が咲いたかと思えば、センノウがしぼんでいたりと、
まぁ、家の花らしき自由度であるのだが。。
星を見る人
三年目も綺麗に咲いた、スターゲイザー。
オリエンタルリリーの中では古い品種だと思うが、藪に植えても真っすぐ育ってくれる。(先日の大雨で支柱を立てたが、基本は自立してくれる。)
スターゲイザーとは「天文学者」というような意味だそうで、受け咲きの特徴からのネーミングらしい。
それも梅雨時には気の毒な気もするが、健気に咲いている。
手がかからないので普段余り気に留めずにいるのだが、花が少なくなり、一方では梅雨で潤った緑が生き生きしだした中にあると、素晴らしいフォーカル・ポイントに。
私の好きな小さな杜を引き立ててくれるのだ。
背景に株立ちのアオダモと、オーレアの柏葉アジサイ『リトル・ハーモニー』、
向かって左はハウチワカエデ、右には今年植えた常緑樹、イジュ。大好きな葉っぱたちだ。
リトル・ハーモニーは花期以外もその特徴的な黄金葉が、緑に覆われた庭の中では貴重な存在だ。
手前には、ハイブリッド・ルゴサ『ベイシーズ・パープルローズ』や『ブラッシュ・ノワゼット』といったお気に入りの庭薔薇や、葉ものではサルビア・レウカンサ、気の早いミスカンサス『パープル・フォール』の穂といった、葉っぱだけでも十分に幸せなものたちが並ぶ。
記事を放置している間に梅雨も明けて、今はもうスターゲイザーは跡形もなく、
お庭はさらに草迷宮と化しているが、夏の庭の茫々とした姿、それもまた良しなのだ。
花の色
いつも花の咲くペースに追いつかない、きれいだな、って思ったときに書き留めたいけれども。
ばら色の薔薇を選ぶときは慎重だ。
自分の中で、ばら色でこそ、、と感じられる品種がいいのである。
自分の主観として、この薔薇はよくぞこの色で♪って思うものなので、ほかの人にとってはまた違う主観があるのだろうけど。
二番花が揃って咲いた、ミセス・ジョンレイン。
ハイブリッド・パーペチュアルの中でも繰り返し咲く性質が強いこと、枝がしなやかでとげが少ないこと、そんなことを勘案して、人様の目に触れるエントランスにと選んだ。
東向きではあるが、南の柵に北向きに結わえてあって、朝のほかはさほど日当たりはよくない場所。(春、春分を過ぎてもなかなか朝日が廻ってこず、気をもんだ。)
スペック重視で選んだ薔薇だけど、一番花が咲いたとき、そのばら色の愛らしさにうっとりしてしまった。
どちらかといえば地味なばらの多い我が家の中で、これこそが薔薇、っていいたくなるよな花。。
あぁ、どうしてこう、その姿と色が響きあうのだろう。
名花と呼ばれるものたちには、「ああ、そうだよね」って言いたくなるよな、体と心がひとつであるような一体感がある。
それから、ミセス・ジョンレインというように、「~夫人」というネーミング、人に捧げられた薔薇っていうのはやはり美しい。
今年はフラウ・カール・ドルシュキも植えたのが、あの花は日本では「不二」と呼ばれたぐらい、ほかにはない白薔薇である。あの花も「ドルシュキ夫人」だ。
「~夫人」という呼び方は今では時代遅れだろうけど、古き良き時代の最高の称号なのである。
夏祭りへの
ひとつのことを考え始めるとなかなか止まらず、日が経ってしまう。
七夕も過ぎ、いつの間にか夏祭りの季節へと移り変わっている。『白祇園守』開花。
八坂さんの花ということで、京都ではこの季節、こと珍重される由。
木槿は成長が早いので、はじめは植えまいと思っていたのだが、
やはり花の少ない夏に何か・・・と思ってしまう。
一日花というのも涼しいものだ。暑い夏に日持ちする花などね、、
考えてみれば、成長が早いというのも、一日だけ楽しむ花を採る身としてはありがたい。
次々と大きな花を咲かせてくれる木槿は、確かに夏の茶花の代表である。
それにしても、木槿にしても、同じく冬の茶花の代表、椿にしても、言っては何だが樹木としてはあまり愛想がない。
なのに、一輪挿すといかにも花が生かされるのが不思議である、「切って」了うのにね。。
狭い庭であるからして、植えるからには品種の厳選を!と、去年全力で検討の結果選んだ『白祇園守』。
そういうとき、茶花の古典的な品種というのは実によくできた存在なのだ。
日本人の引き算思考がよく表れていて、どうしてもひとつだけ、という希望に叶う何かがある。珍しい色でもなく、完全な整形花でもないが、ほかにはない、何か理想のような姿があるのだ。
(それが何かを説明するのは、『美』とは何かを説明するように困難であるのだが。。)
それにしても、そういうものに限って見つけ難く、取り寄せるとびっくりするほど小さな苗だった。(それでもその年咲いたのはさすが木槿である。)
今年もそれほど大きくはないが、でも、いくらかは花も採れるであろう。
一日花といえど
霧多布湿原に、時期になると遠くの山の端まで一面カンゾウが咲き乱れるところがあって、開発の入る前の野山には、このような楽園と言える場所がたくさんあったのだと思う。
いいトシした今になっても、そこの木道を歩くと子供のころに近くの小さな野にもそれが咲いたいたことを思い出す。
姫キスゲ、二季咲する、とのことで、ぎっしり植える我が庭にぴったりだと思った。
どちらかといえば原種の色味が好きで、ユウスゲやらニッコウキスゲも植えているが、場所が悪くて今年はちょっと失敗。
これはもしかすると、園芸種のステラ・デ・オロの系統なのかもしれないが、原種に近い色味で緑のやたら多いこの庭には合うかなと思う。
通路の多い庭なので、通路にも自然に生えたかのように植えこむのが好きで、、というか、雑草の生えるスキを与えないほど植えこむのであるが。。
なので、鉢植えの棚の下にまで、ヘメロカリスを植えておいた。
こちらは一回り大きく、爽やかなレモンイエロー、美味しいのか雨の朝などナメクジに襲われたりするけれど。
ヘメロカリスは葉っぱもしなやかで夏庭に涼しげなのがよい。
うちの中では一番大型、アンティークタッチの色合い。
個人的にはオーソドックスな色により魅かれるけれど、この品種は多花性。
ヘメロカリスの多花性、ってどういうことかな、って思ったけれど。花茎の先につく蕾の数が多く、また分枝もしている。一輪ずつ咲くので今もまだ咲いていて、結果的に花期は長いと思うのだ。
なのでパブリックスペースと言えるエントランスに鉢植えで。
これは花も大きいので、こういう使い方には合っていると思う。
一日花というもの、うっかりするともう萎んでいるものであるが、年齢を経てみると、そういう花こそこころに残るものなのだ。
夏の宵に酔う
庭仕事に夢中になって気づけば夕方、そんなときふっと香って、忙しく通り過ぎようとした私の足を止める。
風蘭も春蘭も、東洋の蘭はなりは小さいのに、はっとするほど香る時刻があるのだ。
えもいえぬとはこのことか?
自然は、最高の調香師。
古典園芸の愛好家の方には叱られそうだが、ざっくりと大したお世話もなく育て、毎年株が増えて花芽も増えている。
ミズゴケが傷めば春先に替え、成長期は普通に水やりし、冬場はほとんど忘れ去る、というような。
赤花なので猩々の名なのであろうけど、この香りに見ているほうが酔ってしまうからかもしれない。
たまたま、時代の可愛い『猩々』の軸に出会って、ちょっと浮かれて帰ってくるとこの花が咲いていた。
ちょっと嬉しく思ったのん、私。
おまけ
剪定枝のロマンチカが意外や水揚げがよかったので、もう少し水を入れられる器に移した。
伊万里の小ぶりなお銚子に(ここでも酔っ払い)。
夏越の頃
遅い梅雨入りの後は雨が続き、オリエンタルリリーの蕾が膨らむ。
開花しても雨では、とはらはらするのである。
『スーパーマスター』・・・って、も少し優美な名前にしてあげてもいいのにね。(確かに大迫力な花であるが。)
のんちゃんが春先に、ホームセンターの処分品で見つけた球根。
私なぜか、定価で買うのはもっと地味な花が多いのだ。
そしてなぜか、このような優美な花は裏庭などに植えているような気がする。
何か気恥ずかしい気がするのと、裏庭こそ飾ってあげたい気がするのとで。。
記憶力はそれなりにあったはずだけど、このごろお花の顔と名前が一致しなくなってきた・・・。
のんちゃんが名前がわからん、と仰るし、ここにせっせと記録を取らねば。
西側の花壇なのだけど、他の植物で上のほう以外ほぼ日陰、西日はそんなに当たっていないはず。
果たして定着してくれるのか。。
梅雨の庭を整理する
一日雨かなと思ったけれど、午後に上がったので気になっていた庭仕事をする。
いつまでもよく咲くので躊躇っていたクレマチスの切り戻し、
ちょっと遅いのだろうけど。。
ロマンチカが小さくなった花をまだ咲かせていたので、同じく切り戻したルブスと一緒に籠に入れる。
ありものの花枝なので、あっちこっち向いているなぁ(笑)。
つるものはスイートピーもそろそろ終わりなので、抜いておく。
柏葉アジサイも花穂を重そうにしていたけれど、切り戻す。
そのまま緑化させたいところであるが、アナベルと違って柏葉アジサイは丈をコントロールするには時期を逃さず剪定をしないと。
ヤマアジサイの白扇も緑化しかけた可愛い花を切る。
こちらは花で枝がしなるので、切らなくても来年の枝が節々から勝手に生えるのであるが、メダカの池に倒れこんでいたので整理することに。
梅雨に向けて少しだけ庭がさっぱりした。
ノリウツギ『サンデーフレーズ』がたくさん花穂を上げた。
今年増やしたものなので、自分でお世話して咲かせた花ではないけれど、買ったときは花芽が見えていなかったので嬉しいな。
夏庭らしく、鬱蒼としている。
夏の香り
原種らしい野趣がありながら華麗なるヤマユリが好きなのだ。
もちろん園芸種のカサブランカなどもいいに決まっているけれど、どちらかを選べと言われればヤマユリだ。
この庭にはヤマユリのほうが合っている、ということもあるが。
香りも華麗である。
室内などではきつく感じるユリの香りであるが、外でふっと香ると、ああユリが咲いたのだ、といい気分になる。
これは実はホームセンターの処分品、良心的にも?開花直前で処分品にしてくれていたので、好きなユリであるから連れ帰った・・・庭にあるのに。
(お店で咲くのは少々哀れであるし。。)
ちょうど植えようとしていた斑入りのノリウツギと一緒にぐいっと深く植え付ける。
地植えになってたっぷり水を吸い上げ、早々に開花。
うちのヤマユリは当然、まだこんな蕾である。
原種なのでできるだけお好みそうな場所を選んで植え付けた結果、3年目の今年も機嫌よく咲いてくれそうなのだが、いつも地べたで咲こうとするのは何故なのだ?(支柱ぐらい立ててやればいいのだろうが。)
密植で上が陰だったりするとこうなるのかな?
そういえばお徳用袋に入っていたカサブランカもなんとか根付いているが、やっぱり地べたで咲こうとする、、あれはヤマユリの血なのだろうか?
オリエンタルリリーでもスターゲイザーなんかはほかの草をかき分けてまっすぐ咲いてくれるというのに。
果たしてこのユリも、根付いてくれて来年地べたで咲くのであろうか。。
<植栽データ>
・西日の当たらない日向~半日陰
・株元は日陰で適湿
・球根の上の根が養分を吸収するらしいので、深植え
持続可能なお庭
趣味は庭仕事です、って言えるのはトクをしている。
私が土いじりを始めたころはガーデニングなどという言葉もなく、
「趣味は庭仕事です」というと大抵きょとんとされた(当時は若者の趣味ではなかったのだ)。
しかし、今やガーデニングは市民権を得ている上、
きれいな?花を育てる=善行、育てている人=善人、なのである。
そんなことないのにね、虫は虐殺するし化学兵器も使うよ、、普通は。
生きる上で必要でもない趣味のためにする、これらをどう扱えばよいのか。
昨年亡くなられたイギリスのガーデナー、ベス・チャトーの庭は
日本でイングリッシュガーデン全盛の頃に知り、ちょっとした衝撃だった。
薔薇と宿根草が自然風に咲く庭とは異なる、グラスやグラベル(砂利)の庭。
その頃の私は好みの花を綺麗に咲かせることに必死で(今もそうだが)、自然風と言いながら自然からは程遠い庭しか見たことがなかったのだ。
ベス・チャトーの庭ももちろん自然ではないが、でもコンセプトが根本から違う、植物や環境に無理を強いない庭だった。
3年前、建て替えによって自由に作ることのできるスペースを少しばかり得たとき、好きな植物を植えたいけれど、自分自身持続可能なことが課題だった。
平素は水遣り程度しかできないのだ。
ならばローメンテナンスにするにはどうすればよいか、そこから庭づくりを始めた。
- 樹木は土地に合った雑木で、成長の緩慢な株立ちを中心に
- 草花は宿根草、茶花のような夏の暑さ・湿度に強い本邦産を中心に
- 土が消耗しやすく、手入れに忙しい一年草はポイントを絞って
- 大きくないものをちょっとずつ色々植えるが、適所を選んで
- 薔薇はやっぱり好きなので、病害虫に強いものを選んで
こんな基準で、かつ自分の好みのものを選んでいった。
自分に無理のないやり方という独善的な魂胆で、かつ限られたスペースに色々植えようとした結果、いろいろの植物が自然に近い状態で季節によって入れ替わる庭、っぽいものになった。
そうすると、かつての庭にいた生き物が帰ってきて、やけに生物の多様性が実現しつつあるのである。
・・・やっぱりアホでも、庭のその先、、のことが思われてくる。
- 自分にとっての害虫
・・・やむを得ないと判断したら自らやっつけ、薬に頼らない
- 病気
・・・当面局所的には薬を使用するが、品種の選定含め回避策を模索
- 肥料
・・・窒素の扱い、、空中の窒素を固定したし、輸入の窒素は避けたい
- 水遣り
・・・当面は必要(今のところ日本では許される範囲として)
昔も木酢とかいろいろ使う工夫をしていた。
でもそれでも都市では買ってくるしかないわけで、それって自分自身持続可能なのか?
今も好きな薔薇は、最先端の育種では耐病性を高めているけど、それでも、昔のちょっと病気に弱い品種にも、育てていきたいものってあるのだ。
あーもっといろいろ学んで、打開策を考えたいぞ。
サスティナブルというのは決して楽な道のりではないというのが謎であるが、だけど、昔の農家の庭先などそういうものであったはずで、なんかうまいことできないかなーと考えるのであるが。
初めに植えた薔薇のひとつ、ハイブリッド・ルゴサの『ベイシーズ・パープルローズ』の返り咲き。
ルゴサ系は病気に強くて基本的には丈夫なのであるが、耐寒性に優れる反面、耐暑性に劣ることが多かった。
その中でどうやらこれは暖地でも育つらしいと知り、試しに植えたもの。
何とか根付いて病気知らず、唯一の悩みの種はゾウムシに好まれるところ。(ふだんゾウムシをやっつける時間がなく、返り咲きの新芽がよくやられる。)
久しぶりに綺麗な花が咲いて嬉しい。
ルゴサはとにかく葉っぱの形や色が美しいので、あまり咲かなくも許せるけどね。
今年イジュを植えて、ベイシーズ・パープルローズは少し窮屈になってしまったが、なんとか生育はしている。
そういう訳で味を占め、耐暑性が見込めて、大きくなりすぎないルゴサを探求中である。
ルゴサの薄い花びらは暖地では暑さで縮れることが多いけど、それでも好きなんだなぁ。
あぁ、やっぱり私、植物に無理を強いているなー。
イジュ咲く
沖縄では梅雨に入ると咲くというイジュ。ここ関西でもやはり梅雨の花のようである。
アイボリーの丸い蕾がなかなかに可愛らしく、当分蕾もいいなぁ、などと昨日は思っていたのだが、昨夜の雨で一気に開花となる。
決して広くはないお庭であるので、高木のイジュを植えるのは躊躇いもしたが、花も蕾も、それから輪生するすべすべの葉っぱも魅了される質感なのである。(5月の常緑樹が新芽を吹くころ、古い葉っぱが紅葉したのも綺麗だった。)
薔薇の季節を除けば大半が緑に染まる、いや草茫々のお庭なので、葉っぱが美しいことは肝心なのだ。
元々、エントランスのソヨゴを除けば落葉樹ばかりを好んで植えていたが、親しくなった庭屋さんに一本常緑を植えてはどうかと勧められた。
調べているうち、気になってしょうがなくなったのがイジュである。
初夏に白い花が咲く木がどういうわけか好きなもので、ヤマボウシや夏椿など植えている。
常々夏椿を眺め、ツバキ科って佳いなぁ、などと思う人であったので、同じツバキ科であるイジュもやっぱり佳いのである。
あんまり大きくならないでね、と狭苦しいところに植えて祈っているのであるが。。
まだ植えている人がそれほど多くはないのか情報は少なかったが、聞く限りはそこそこには耐寒性はあるらしく、関西ではごく普通に生育するらしい。
大らかなすべすべの葉っぱが風に揺れるのを見ていると、沖縄の風に吹かれたように心地よい。
イジュが育つなら暖地も悪くないかなぁ、そう思える開花の今日。